北の海の深さ

  

北海道羽幌町


 最果てへの海岸線、それに相応しく彼方へ続く一本道と集落の丘陵、落っこちてしまいそうな夕空は果てしなく広く、昔、鰊で賑わった海は、今その道を走っている僕と玉井さんの思い出になろうとしていた。
 始めての相談会へ出席する為、玉井さんの愛車MS-8のアクセルを僕は力強く踏んでいた。その車の中で、玉井さんから彼女達のことを聞いた。

 教育委員会では公演に対して不可能と決めつけていた。
「この町の文化水準は低いからダメ」
「ここ何十年もやっていない」
「この町にヤル気のある人なんて誰もいないからダメ」etc…。

  行政や役所の文化に対するおさむい実態をここでも又見せつけられ、怒りを押さえて町を去ろうとした時、彼女達がいた。自分達の町の文化や教育、自然…。それに対しての行政の対応。まるで、わが子を語るように賞賛し批判し、そして愛していた。玉井さんは、この人達ならきっと素敵な劇場ができると確信した。

 今日はその彼女達の初めての相談会。会場についた時、僕達はメンバーのエネルギーに圧倒された。決して狭い部屋では無いのだが、身動きがとれないぐらい集まったお母さんたち、部屋に入りきれない程だ。そしてもっと驚いたのが、公演に対して批判的な行政の男の人達が、部屋の一角にちょこんと座っているではないか、彼女達はこの街に住んでる限り、誰かを外したり批判的な考え方を、排除することは出来ない。彼等の協力が無ければ実現できない、と無理矢理引っ張ってきたのだという。
 会議自身はビデオ鑑賞から始まるのだが、終止前向きな肯定的な発言で充たされた訳で無く、難しいと云うお母さん、それに対して男性が公演を肯定する場面があったりして、各々の立場や地位もあるし違いもあるが、こうやって椅子に座ったり絨毯に座ったり、部屋に入れなくて廊下でたたずんでたり、肩すら触れあいそうなこの距離で同じ目線で話し合う。それが何にも無いところから何かを生み出す創造のエネルギーになるんだ!と思った。そして、その場所に自分がいることに感動した。

 公演当日、満員のお客さんと共に実行委員会の割烹着姿の少し若いおばあちゃん達が満面の笑顔で迎えてくれた。
 ここに住む母ちゃん達の心は、北の海、僕達が通ってきた豊穣の海のような深さがあった。

 記・米田 亘 (2001.1.1発行 通信NO.29より)