…この指とまれ


秋田県大仙市


 秋田県大曲で上演したいと思っているらしい人がいる、とある方からの話。ピアノの先生をしているとのこと。早速電話を入れた。電話の向こうの声は秋田弁でハイトーンの素っ頓狂なくらい楽しい声、ピアノの先生のイメージとは程遠い。
 東京に住む大学生の息子さんに会うのとあわせ、新宿で会うことになった。
 「どうすれば公演できるの?」という問いに「この指とまれよ、貴女と思いを共有出来る人をつくること」と答えた。インターネットを通して 顔も声も分からないたくさんの友達がいるという、彼らにも呼びかけるという。ホームページもブログもフェイスブックも違いが分からない私には怖くなる世界の話。
 そして初めて会う私をそのまんま信じてくれる、私は思わず「高見さん、貴女初めての私をそんなにすぐ信じていいの?」「そんな調子でいままでだまされたりしたことないの?」聞いてしまった。
 彼女が学童保育の仕事をしていた時の事。靴がなくなった子供がいた、ほかの子達に一緒に探そうと声をかけたが「私には関係ない」と帰っていく。なかなか見つからない靴、そのとき靴をなくした当人が「お母さんに又買ってもらうからいい」とケロリ云った。高見さんはこの子供たちの心のあり方に衝撃を受けた。
 初めて会った彼女だったが彼女と共に、人の心の溢れる劇場を創る為に戦おうと私は決めた。それから何度か大曲に通った、新宿発23時30分の深夜バスに乗って朝6時過ぎに大曲に着く。まだ町が目覚めぬ寂しい駅に彼女は迎えにきてくれる。ソフトボールぐらいの大きなほかほかおにぎりを携えて、そしてあちこち協力を訴え夜の会議に参加して夜22時30分の深夜バスで新宿に朝7時到着、ラッシュ前の電車で嵐山の事務所まで帰ってくる。高齢者の仲間入りした私にはややハードな日程だけれど新幹線は高過ぎた。
 高見さんの呼びかけた仲間は優しい物静かな秋田美人たち。いっぺんに心が解ける人達だったがチケットを広げるパワーは危なっかしい感じ。それを本気で支えてくれたのが13年前に「釈迦内柩唄」を取り組んだ3人のお母さんトリオ。仕事をもつ彼女達は超多忙なのにこれでは大赤字になる、と受け取った250枚のチケットを完売しようと密かに決意してくれていた。
 農家の主婦の高見さんは朝が忙しいので、6時に私を迎えにきてくれるのは先輩お母さんになった。ほかほかおにぎりと卵焼きやさまざまなおかずの入ったバスケットと熱いお茶がその都度私を待っていた。アナログ世代のお母さんとデジタル世代の8人が創った劇場は溢れ、信じられない奇跡を生んだ。
 今私の鞄の中に藍染めのコスモスの絵柄の入った刺し子の巾着袋が入っている。
アナログ世代?のリリコさんが密かに皆に作ってくれていたプレゼントだ。
高見さんは今でも云う「玉井さんこの指とまれのトンボに会えた?」

 記・玉井 徳子(2013.01.01発行 通信NO.51より)