「振り返れば希望が見える」

玉井 徳子  

  カタツムリのようにノロノロと、蟻のようにせっせこと日本中を歩くのが私の仕事です。北海道から沖縄まで町から村へ地図を片手に見知らぬ町へ歩き続けあっという間に五〇年近くの歳月が過ぎ行きました。
 希望舞台という、小さな劇団の制作部の仕事。呼ばれもしないのに突然訪ねて行き、公演を引き受けてもらえるようにアレコレ語り、人を訪ね、実現までのプロセスを地域の人達と過ごすのです。自宅で暮らすのは一年のうち一週間あるでしょうか。公演予定地に一〜二年滞在し又、次の町へ移ります。かってのフーテンの寅さんといい勝負の旅ガラスです。
 芝居が特に好きだった訳ではないのにヘンな人生になってしまいました。高校時代、私にとって最も人間らしい生き方って何だろうと思い悩んでいた時に、相談した先生から一枚の芝居の切符をもらったことがきっかけでした。演劇なんか虚構の世界と思い、白い眼で見ていたのですが、信頼する先生の勧めなので東京まで電車で一時間かけて行ったものです。
 劇場の後ろの方に座っていたのですが、斜めに構えていたはずの私の心に舞台の人達が飛び込んでくるのです。「人間は本来もっと豊かで美しいもの、貴女の心を開いて生きていっていいんだよ!」と語りかけているようでした。溢れる涙で舞台が霞むのが勿体ない思いでした。
 大人の世界にもこういう人達がいるのだ、この人達の仕事、この人達の燃やす松明の一枝になりたいと思いました。
それから五〇年近く、結婚し離婚し、白髪染めを止められなくなってしまった「よいお年」になってしまっているのに、あのときの熱い思いが今も私の身体の奥に燃え続けていて馬鹿の一つ覚えさながら日本中を歩いているのです。
 出会いの中で同じ炎を見つけては嬉しくなって我が内なる炎は一層高く強く燃え立ってしますのです。
 現代はコンクリートの下に窒息した草や大地があるように、人間の本来の伸びやかな心も行き場を失い窒息してしまいそうです。痛ましい信じられない事件の日常化、地球から人間への思いがけない怒りの鉄槌。「想定外」の事だらけです。
 でも私たちの劇場はそんな辛い事を受け止め明るく笑ってくれる偉大なる観客の優しさに溢れます。その大きな温かさのなかにいると、私の心が浄化される様な気がします。
 ひとりの悲しみがしみじみと皆の心に広がり、ひとりの明るい笑い声がみんなの心を明るくする。澄んだ劇場の空気、そんな劇場の暗がりに身を潜めているとき、仕事の厳しさも貧乏も良しとしている自分があるのです。だって最高の豊かさを実感しているのですから。
豊かな心に出会う旅、それが私たちの創造の仕事。
 けれど歩いて来た四〇数年思い返すと、行く手にいつも道はなく、足もとは越えられそうもない深い渕があるだけだったように思います。こんな時代に、こんな劇団を存在させる困難さに立ちすくんでばかだった。はるか暗闇の彼方に光る小さな星が密かに我が心を照らしてくれているのですが、いつも絶望が道連れ。でも振り返えると希望が見えた。そのまばゆい光が前に向かわせた。
絶望と希望が生み出す感動!。
 出会いが生み出す劇場創造の奇跡を求めてきっと明日からも又、絶望を背負って歩いてしまう。かけがえのない喜びと出会うため。
 これが希望舞台の制作の仕事なのです。

佐久公演パンフレットより