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制作部 玉井 徳子




 蟻のようにせっせこ、せっせこと日本中を歩くことが私の仕事です。北海道の利尻島から、沖縄の石垣島まで町から村へ地図を片手に見知らぬ町へ、懐かしい町へ歩き続けアッという間に30年が過ぎました。

 希望舞台という、小さな劇団の制作部の仕事をしています。呼ばれもしないのに、突然訪ねて行って呼んでもらえるようにアレコレ語り、人を訪ね、実現するまでのプロセスを地域の人たちと共に過ごすのです。

 東京に住まいはあるものの、そこで暮らすのは1年のうち1週間あるでしょうか、劇団の公演を予定した所に半年から1年のあいだ滞在し又、次の町へ移ります。フーテンの寅さん顔負けの旅ガラス人生なのです。芝居が好きでもなかったのにヘンな人生になってしまったものです。

 高校生のころ私にとって、最も人間らしい生き方ってなんだろうと思い悩んでいたときに、相談した先生から一枚の芝居の切符をもらったことがきっかけでした。

 芝居なんていうのは特殊な世界と思い、白い眼でみていたのですが、信頼している先生の言うことなので東京まで電車で1時間かけて行ったものです。

 劇場の後ろの方に座っていたのですが、斜めに構えていたはずの私の心に舞台の人たちが飛び込んでくるのです。

 「人間は本来もっと豊かで美しいもの、しまってある貴女の心を開いて生きていこうよ!」とかたりかけているようでした。

 大人の世界にもこういう人たちがいるのだ、この人たちの仕事、この人たちの燃やす松明の一枝になりたいと思ったものです。

 そして30数年、結婚し離婚し白髪染めを使う年になってしまっているのに、あの時の炎が私の体の奥に燃えつづけていて、バカの一つ覚えのように日本中を歩かずにはいられないのです。この現代を生きる人々の中に同じ炎を見つけては喜び感動し50歳を越えていることを忘れているのです。

 今、コンクリートの下に窒息している大地があるように、ともすると人間ののびやかな心も行き場を失って窒息してしまいそうです。いたましい事件のエンドレスです。でも地域の人々と共に創る私たちの『劇場』はそういうことを忘れさせてくれます。

 例えば今上演している舞台に水上 勉の『釈迦内柩唄』という作品があります。秋田弁のこの芝居は、主人公の火葬場の娘が死んだ両親のことや、家を飛び出し離れて暮らす姉たちのことなどを語るのです。

 妾になってしまった姉さんが父なし子を生んでは、その子を実家に送って寄こす、また生んでは送って寄こす、という場面があります。つらくて悲しい事実なのですが観客は思わず笑ってしまいます。

 その笑いはあたたかく、主人公の悲しさを十分に受け止めた上での明るさなのです。私はその笑いの中にいると自分の心が浄化されるような気がします。

 一人の哀しみがしみじみとみんなに広がり、ひとりの明るい笑い声がみんなの心を明るくする。そんな劇場の暗がりに身をひそめているとき、仕事の厳しさも貧乏も受け入れている自分があるのです。だって最高の豊かさを実感しているのですから。

 日本人って捨てたもんじゃない!人間だれもがもっている豊かな心に出会う旅、それが私の芝居人生です。それが私たちの創造の仕事です。

 明日から旅にでよぅっと!

 あなたの町にも行ってみたい。

雑誌「田舎のヒロイン」2号より