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| 希望舞台の「釈迦内柩唄」を観た。いや、ただ観たというだけでは足りない。深く打たれ、感動した。そして、自分の心底の恥ずかしさを意識した。 水上勉さんがこの戯曲を書いたのは1975年頃だったという。それから今日まで、この戯曲は、それこそ何百回となく公演されているに違いなかった。にもかかわらず、私はごく最近までこの素晴らしい舞台を知らなかったのである。 この戯曲はテレビや映画になっていなかった。そして、私の情報源はもっぱらテレビや新聞など、いわゆるマスコミだったのである。しかし、人々の手弁当の熱意に支えられたこの希望舞台にこそ、今日の時代の闇をまっすぐ照射して真の希望への道が拓かれていたのである。 思えば今日のテレビ界には、あまりにもひどい虚報が多いのであった。その代表的な例を一つだけ挙げるなら、イラク戦争の大義とされた「大量破壊兵器」問題がある。恐ろしい破壊と殺戮が、いまもなお続いているイラクには、戦争の大義とされた「大量破壊兵器」はなかったのである。 最近アメリカとイギリスの議会で行われた独立調査委員会が、この結論を発表している。虚報が戦争を現実化してしまうとは、なんと恐ろしいことであろう。 だが、この人間界の闇は、いまに始まったものではなかった。近代日本の数々の悲劇の裏にも、この虚報がべったりと張り付いているのだ。 例えば、日本の第二次世界大戦の発端ともなったいわゆる「満州事変」は、日本の関東軍が柳条湖の旧満鉄を爆破したことから始まったのだった。或いは、いわゆる三・一独立運動についての報道を考えてもいい。この抵抗運動が起こったのは1919年である。このとき日本軍はこの運動に対して、銃撃をもって応え、死者の数だけでも7,598名の死者を出している。その非道に対して、民芸の柳宗悦ら一、二の識者を除くと、ほとんどの人が抗議の声を上げていないとは何ということであろう。 しかも、今日なお日本の教科書では、この事件については「〜これに対して朝鮮総督府や朝鮮軍は武力で弾圧したが〜」と表現されているのである。その「朝鮮軍」とは、いったい何処の軍隊であろう。 しかし、虚報はいつの時代にあっても、人々の不幸に直結すると言っていいのである。日中戦争から第二次世界大戦における彼我の犠牲者は、まさに恐ろしいばかりである。「釈迦内柩唄」には、この不幸な時代の闇を深く見つめる眼差しがあると言っていい。 その舞台は、戦中に朝鮮人や中国人に強制労働を強いていた花岡鉱山の近郊の釈迦内である。水上勉さんはその地に、万人が必ず通過しなければならない火葬場を設定し、そこに生きぬく「隠亡」の目を通してこの時代の闇を抉るのである。その時代の闇は、よくよく見つめるなら、まさに今日の時代の闇ではなかろうか。いや、過去の時代の不幸をまっすぐに見つめようとしないことが、そのまま今日の不幸に連なっていると言っていいのである。イラク戦争が告発している惨劇は、まさに過去の不幸が、いまなお人間の闇として続いていることを如実に示しているのである。 「釈迦内柩唄」に出現している人間ドラマは、過去の不幸を通して、今日の闇を抉りだしているのであり、それゆえに、また、そこに立ち上がる人間の香気は、私たちの未来の希望を明示していると言っていい。私は、この舞台に香る深い人間の薫りが、きっと万人に希望の薫りになるに違いないと思う 。 |
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高史明(コサミヨン) 1932年山口県に生まれる。 戦時下の日本に生まれた一朝鮮人の生い立ちを描いた「生きることの意味」(筑摩書房)は41刷の再版を重ねるベストセラーに。 「少年の闇ー歎異抄との出会い」(径書房)「ほんとうの幸せって何ですか〜高史明親鸞論集」(宝蔵館)その他著書多数。1975年日本児童文化協会賞。1993年第27回仏教伝道文化賞を各受賞。 |