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「釈迦内柩唄」大館公演にあたって
演出家 川上 勘太



 人はだれでも自分がのぞんで生まれてくるのではない。生まれながらにして重たい宿命を背負って生まれる人だってある。

 水上 勉の「釈迦内柩唄」は終戦間もない焼場家族(オンボ)に生まれた娘の話である。生まれながらの蔑みの中で、己を呪い、周囲にあたり、激しい怒りにのたうちながら、わけへだてなく死体を焼く父親の仕事を通して、生命の平等を発見していく物語である。

 花は死んだものの顔だでや!
人里離れた焼場の裏山に咲き乱れるコスモス畑こそ、焼かれた人の灰が育てた新しい世界であった。

 舞台を観てくれたお客さんがよく感想を寄せてくれる。これは70歳の女性からのものである。

 ……すばらしい感動をありがとう。期待の開幕と同時に、主人公のひたむきな仕事ぶりと底ぬけに明るい表情の独り語りが続く。次第につらく、哀しい、重たいものを背負って」生きてきた彼女の人生に胸が痛む思いとなる。この明るさこの強さ、このしなやかさは何だ。ずしんと胸の奥にこたえる言動の一つ一つに虚構の世界から抜き出した真実の叫びを感じた。特に大の字になった彼女の沈黙はどんな言葉より重い。確かなものを聞く。滂沱のなかで私の心は彼女の側にかけより、「天知る、地知る、己を知る。分かったありがとう。」とそっとつぶやいていた。とかく暗くなりがちな水上作品をこんな形で多くの人に感動を与えてくれてありがとう。(略)……

 「釈迦内柩唄」は終戦直後に起きた花岡事件を背景にしている。釈迦内が大館市に合併される以前、当時は死体の埋葬は土葬であり、焼場は都市の一部にしか存在しなかった。

 焼きガマを備えた舞台設定はフィクションであり、釈迦内の地も鉱山の過酷な労働から逃れてくる朝鮮人の登場の必要から設定されている。また作者自身、釈迦内のひびきが殺された中国人、朝鮮人への鎮魂の真情と重なって、この地名に創作上の設定をしたのだと思う。

 花岡事件は人道を無視した過酷な労働に反抗した人たちを、共楽館の広場で残酷な仕打ちで400名以上を殺し、晒したあげく弔うことなく埋めた事件である。

 狂暴な軍隊や警察権力になすすべもなく口をつぐんだ親たちの無念さを引きつぎ、それを原罪と受けとめる心ある人たちによって実態を調べ、遺骨を故郷に送り還す行動がやがてジャーナリストや法曹界を動かし国民の知るところとなった。

 事件から50数年が過ぎ、当地の大館市の公演が、そんな人たちの奔走の上に成り立ったことを聞き、体がふるえる思いである。

 作者が、この作品を描く動機の一つとして、軍隊の圧制の時代に、人の生命をわけへだてることなく、平等に葬ったのは焼場だけではなかったかと述懐している、その視線から人間のおろかさ、みにくさ、そして正直者が一番傷ついてしまう世の中にあって、その地獄のような泥沼を突き抜けて人間の生命の強さ、美しさ、豊かさへ昇華する逆転が、数ある水上作品の中で傑出していると思っている。

 先頃、長野市の公演の折、水上さんが観に来られた。高齢な上に、車椅子の不自由な体をおして来られたのだった。終演後、楽屋で出演者への助言の後に、
「あなた方は日本人がやらなければならない仕事をやっているのです。」
と、言葉を確かめるように話してくれて、公演をともに創ってくれる人々とともに、作者の意図するところと受けとめ、望外の喜びで聞いた。

 私たちはこの舞台を日本中で上演しようと決めている。今120回だがやがて500回1000回と来るに向けてこの大館の地を新たな旅立ちにしたいと思っている。

2001年11月26日(月)北鹿新聞 より抜粋




作者の水上氏(左)と筆者(右)、出演者と懇談(長野公演の楽屋で)