小宮山量平

木村 快

こころを呼び覚ます劇場

元統一劇場代表・現代座主宰 

 

 自分のやっていることは案外自分ではわからないものである。もう十数年も前のことだが、希望舞台の和歌山県下の公演について歩いたことがある。わたし自身は長年の劇団経営に疲れ果て、そろそろ潮時かと考えていた時期である。観客と一緒に舞台を見つめていて、ふっと気がついたことがある。
 劇場は実に不思議な場所だと思った。観客は暗い劇場の一隅に坐って、ただ黙って舞台を見つめているだけなのに、身体の中ではまるで自分自身が行動しているかのような気持ちになっている。胸がドキドキし思わず体を乗り出して笑い、涙を流している。われを忘れて、俳優と一緒に心を動かしているのだ。劇場のなかに坐っていると、人間はこんな不思議な能力を発揮するものかとおどろく。それは久しく忘れていた楽しさだった。むかし、お祭りが楽しかったのは、お祭りの行事そのものより、その日だけは日常生活の利害から離れて、みんなでお祭りを準備し、お互いの心がひとつに溶け合うひとときを過ごしたからである。それは日常の利害で傷ついた人間をよみがえらせ、地域をよみがえさせる大切な行事であった。芝居はこうしたお祭りのよろこびから発展したものだったはずだ。
 現代に生きる私たちは豊かで便利な社会で暮らしているけれど、競争社会に振り回されて他人を警戒し、たえず不安で、人間本来のおおらかさや優しさを失いつつあるような気がする。人間らしい心を失えば、人間らしい文化を子どもたちに伝えることもできないし未来への希望も失われてゆくだろう。劇場に人をいざない、みんなが無心に舞台を見つめる瞬間をつくりだすことは、なんとすばらしいことか。劇場に人間本来のよろこびをよみがえらせることは、演劇人の大事なつとめだと思った。かってお祭りが人間をよみがえらせてきたように、地域の人々と協力しながら、劇場に優しい心をよみがえらせようと旅をつづけるわが友「希望舞台」の姿は、わたしの胸にひそかな希望をよみがえらせてくれた。