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希望舞台の出会い

私がぽっぽ苑にいる理由(わけ)

北海道追分町

 私は今、追分町にある「高齢者共同施設ぽっぽ苑」にいます。
 午後4時から9時までのアルバイトで、台所の後片付けと入居している方へのオヤスミナサイコール、戸締まり、見回りが主な仕事。それが終われば時間まで寮母室にいます。何故私がここにいるかというと、それは今年の9月20日追分町公演の出会いまでさかのぼります。
 私は、追分町の隣町の出身なのでこの町には幾度となく来ています。でも仕事として町中を歩き回ったのは今回が初めてでした。
  1番最初に出会ったのは、5年前の「雪やこんこん」で大変お世話になった農協の参事さん。今回も協力して下さるという約束と職員の紹介をいただいたが、その職員がいま農協の合併問題の中心にいるから動きがとれない、ということで紹介されたのが「町で一番元気な女性」佐々木さんでした。
 佐々木さんは、「高齢者共同施設ぽっぽ苑」の援助員で、朝7時から夜9時まで、入居者の1日3食の給食メニュー作りと調理、施設の管理、入居者の世話などを主な仕事としています。午後に3時間の休憩時間があるんですが、そのほとんどをメニュー作りと買い出し、日誌の記入にとられ、ほとんど休まず働いています。
 もともとはある企業の業務検査を職業としていた佐々木さんですが、結婚(当時ではめずらしい夫婦別姓)を期に、ご主人と共に退職し、ある夢に向かって1歩を踏み出したのでした。
 その他にもTMO(タウンマネージメント)や「マチおこし研究所」など町の様々な分野で忙しく活躍している彼女にある日「おばぁちゃん」の話をしました。
 すると「いま、追分町は高齢化ではなく高齢社会。私はこの町で1番人口比率の高い50代で、人口比率の少ない子供達に将来負担をかけないように、いつまでも元気で老後を送りたい。この芝居を見てこれから先の参考にしたい!」と話し、周りが反対する中、忙しいはずなのに実行委員長を引き受けてくれました。財政面での困難はありましたが、劇団も共に目標に向かって頑張る!ということで、第1回目の実行委員会が配券日となったのでした。
 少ない休憩時間に1枚でも多くチケットを売ろうと走り回り、役場へ行った時も以前臨時で働いていたこともあり各課をまわって一生懸命説明し、町で出会った人には必ず声を掛け、毎日少しずつチケットの売れる枚数が増えていきました。出納帳といつも“にらめっこ”しながら日々チケットが売れる喜びを全身であらわし、そしてまた町へ繰り出す。そんな彼女の姿が周りの人の心を動かし、それまで消極的だった商工会を動かし、私も一緒に町を駆け巡り、ひとり又ひとりと実行委員会に参加する人が増えていきました。
 そうしてあっという間に1ヶ月が過ぎ、公演当日、劇場の扉の前には、早い時間から楽しみにしていたお客さんの行列ができ私たちを驚かせました。当初は劇団の自主公演を覚悟してこの町にやってきたのですが、当日はチケット販売に協力していた実行委員の方々が、送迎バスを、受付を、託児所を、会場係をしてくれています。私は入れ込み中も楽屋へは戻らず、しばらくその光景を眺め、久しぶりに手作りの感動を味わい、そしてその瞬間、追分町での出会いは私の一生の宝物になったのでした。

記・稲垣 琴恵 (2001.1.1発行 つうしんNO.29より)