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希望舞台の出会い

百年のまなび…

広島県広島市真宗学寮

 夕方六時…まだ慣れない広島の街を岡本先生に会う為、地図を片手に真宗学寮を探していた。仏教を学ぶ学校といえば龍谷大学、、とか大谷大学とか?まぁ、学校なのだから行けばわかるだろう…しかし、いくら探しても見つからない。近くに来てるはずなのだが…。
 すると岡本先生が「こっちこっち」と門から出て来て手招きをされた。門をくぐると木造の古い講堂?。「遠いところをようこそおいで下さいました。」あれ?もしかしてこの古めかし建物が…真宗学寮であった。

 講堂に入ると、古い演台が一つと長机。ドアノブが取れているトイレに小さな流し、和室が2室そして阿弥陀様。同じ敷地内に学生寮。どくだみ荘!?畳はいつから替えていないのだろう…擦り切れて明かりを防がないカーテン。エアコンなし。共同の台所にお風呂。
 なんだかなつかしいような、安心するような空気。聞くと来年で百年を迎えるという。そんな時に訪れたのは必然のように思えた。仏教を学びたい方々の願いを受けて安芸の僧侶の手によって開かれた学校。百畳程の講堂に千人もの人が毎日集った時代もあったそうだ。そして原爆にも遇った。何万人ものお同行や先生方の想いや願いがしみ込んでいる真宗学寮で上演が出来たら、どんなふじ子が、釈迦内柩唄が生まれるのだろう…。同じく学寮公演を願っていた岡本先生がその夜の授業を「釈迦内柩唄」にして下さった。
 岡本先生は真宗学寮の教授の一人で全国各地、布教や勉強会に走り回っていらっしゃいます。
 ご両親は熱心な念仏者で自宅にもよく布教師の先生を招かれてお聴聞されたそうだ。「ご自宅がお寺でないのになぜ僧侶になられたのですか?」との私の質問に「お金がなかったから真宗学寮に放り込まれたんです」と本人はニコニコ答えられただけでした。
 自分の事はあまり話されませんが、内に秘められた情熱はかなりのもので一度思った事は静かに粘り強く実現するまで諦めない。初めて岡本先生の法座をお聴聞した時は情熱的で普段のもの静かなイメージと違い驚きました。寮生と授業の後は遅くまで語らう事もしばしば。「実は三つ子で三交代で動いている」という噂もあるぐらい昼夜問わず、走り回っていらっしゃるのに、読んでる本の数は半端じゃなく、「いつ読んでいるのだろう?」と寮生が口を揃えていう。広島事務所の引っ越し祝いは大まじめに浄土真宗聖典(注釈版)だった。

 当日、講堂は満堂となった。三十年振りだそうだ。床が抜けないように二日がかりで補強工事までされたのだ。お同行と坊守様方の心づくしの手料理は何よりも私たちのエネルギーとなった。晴れわたる空の元、二日間、寝食を共にし準備をしてきたスタッフの方々と創った舞台の幕がいよいよ開く。

記・荻原 ゆかり (2006.09.01発行 つうしんNO.40より)