小宮山量平

西村 滋

「孤児いろいろ」

 

 戦災孤児とは云わない。こだわるようだが、「災」が、自然災害を連想させるので。そして人間達はいつからか、台風でも地震でもない戦争という人工悪を習慣的にまた、不可抗力として自然災害同様のものと思いつつあるみたいなので。
 私も孤児ではあったけれど戦前のことで、両親は病死で葬式も出してもらっています。人間としての尊厳を守られて。一夜に十数万の死者が出た東京大空襲の夜明け、軍隊が来て、ガソリンをぶっかけて処分した遺体の山の中に、自分の親がいるのを見た戦争孤児とはちがいます。
 その同じ東京大空襲の夜、九死に一生を得た私が、戦争孤児の施設で働く様になったのは、自然の成りゆきでした。が、自身が孤児の体験者だから孤児の事はよく分かるなどという、青くさいヒロイズムなど、たちまちペシャンコになってしまうほど難しい世界でした。なまじっかなヒューマニズムなど、なんの役にも立たないのです。
 同じ運命(人工による)から生まれても、みんな違うのだ。暗いの、素直なのもいれば歪んだのも、リアリストがいればロマンチストもというぐあいに混合していて、そしてそれぞれが一個の真実なのだ。それぞれが、そうあらねばならない心の経路を通って、施設に集っているのです。そして、もっと大切なのは、真実といってもそれは、戦争孤児のみの特有の真実なのでした。
 拙著「戦火をくぐった唄」(講談社刊)の一部が、希望舞台によって劇化されることは、芝居好きで、若い頃には戯曲作家を志望したこともある私にはとてもうれしいことなのです。
 そして、敗戦後の数年間、子犬がジャレ合うようにして生活を共にしていた戦争孤児の事を生涯忘れられない私は、そのかわいい懐かしい孤児に、舞台の上で再会出来る事に、ドキドキしているのです。

 


 

プロフィール

 1925年名古屋生まれ。6歳で母を失い、9歳で父にも死別。以後、孤児としての放浪生活が始まる。戦後、戦争孤児の補導員として働き、そのころのことを原点に『平和と子ども』をテーマにした作品を書きつづける。
 『青春廃業』(渡辺書房)、『笑わない青春の記』(初め中央公論社)、後に『笑わない青春』と改題し、理論社より刊行。この作品は1956年「不良少年」として東宝で映画化。監督・矢口千吉、出演・菅原謙次、久保明、笠智衆、安西郷子などで上演された。
 1957年『やくざ先生』(第二書房)も石原裕次郎主演で日活が映画化、日本テレビでも鶴田浩二主演でドラマ化される。
 『雨にも負けて、風にも負けて』(双葉社、後に民衆社刊)で第2回日本ノンフィクション賞受賞、1976年、『お菓子放浪記』(理論社、後に講談社)は全国青少年読書感想文コンクールの課題図書となり、TBSでドラマ化、木下恵介アワー「人間の詩シリーズ」主演・坂東正之助など豪華キャストで好評を博し、本もベストセラーとなる。
 「母恋い放浪記」(主婦の友社)で第7回山本有三記念・路傍の石文学賞を受賞。その後数々の著作を発表。
  2009年、『戦火をくぐった唄』( 講談社)を発刊。